雲の上のまち、梼原で・・・
■岩井: 高知は四万十川の源流域ということで、梼原町の中越武義町長、今日はよろしくお願いします。先ほど車の中でもお話しておりましたが、かつて、数年前、もう、だいぶ前になりますね。まだ20年にはならないと思いますが、下河辺淳さんの「流域圏構想」というのがありました。あれは少し早すぎたのかもしれませんが、私はやはり、流域というのは水が繋がっているというだけではなく、歴史的に見ても様々な地域の繋がりがありますから、地域を考えるときには「流域」ということで捉えたほうがいいのではないかと思っています。
それで、特に私は過疎地域、流域でいえば水源地域になるわけですが、まあ、僕自身が山が好きだからというわけだけでもないと思うんですが、過疎に対して重大な関心を持っておりまして、いろいろ自分なりに考えてきていました。そうした中で、全国地質調査業協会連合会の大矢さんらが、ジオパークということを言われた。これは山のほうの問題ですから、一つのテーマパークといえば、テーマパークなのかもしれませんが、ジオパークというのは、地質だけじゃなくて、エコロジーやエコも含め、そして歴史・伝統・文化も含めて、地域としての公園にしようではないかという呼びかけです。ユネスコの世界認定も、地質だけでなく、エコロジーだとか歴史伝統文化というものを重視するようになっていますので、我が意を得たりみたいなところなので、これは、絶対全国に広めないといけないと思っているわけです。
山に生かされ、川とともに生きる町
■岩井: さて、ジオパークの話はちょっと横におきまして、流域というのは、ここですと四万十川になるわけですが、上流や山のほうの人たちが、四万十川という川について、どんなふうに思っておられるのか。それから下流の、中村市を中心とした下流の人たちとの交流はどうなっているのか、あるいは下流の人たちの山のほうに対する関心がどうなのか。やっぱり山がよくならないと、川はダメなんですね。そして、川がダメであれば海のほうもダメになるんです。ですから、一連のものだ・・・。そんなふうに僕は思っているんですが、まず町長さんなり、大崎さんなりが、下流との関係などを意識した時に、日頃四万十川という川をどんなふうに思っておられるかというあたりからちょっとお話し願いたいと思います。
■中越: 今日は誠にありがとうございます。私たちの町というのは、やはり四万十川の源流域というところに生かされてきたという自負が、いっぱい皆さんにあると思います。
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▲千枚田
作家司馬遼太郎いわく。「万里の長城の土木作業量にも匹敵する人類の大遺産、農業が築いた日本のピラミッド」 |
■岩井: 自負を皆さんお持ちですか?
■中越: はい、持っています。下流域に対して、きれいな水を供給する役目が上流域にはある。それをするために、今、山が植林化されてきたわけです。昔ほど広葉樹林はないのですが、そういった山や農用地が、水源涵養的なものとしての役割をしっかり果
たせるよう責任を持っていかなければ、という非常に強い意識が皆さん方にはあります。
生活雑排水にしても、できるだけきれいな水にして川に流すことを考えていこうという意識が皆さんにあるものですから、そういう意味では、農業集落排水をやっても高度処理をしてから水を流そうとか、合併処理にしてもできるだけ浸透式にして、排水をそのまま流さずに浸透をして、またその川に流していこうという、強い思いがあります。昭和58年のNHK放送で四万十川の上流が、「日本の最後の清流」として紹介されたことにもあるんでしょうが、それ以前から、山や川と梼原の住民とのつながりというのは非常に多かったですね。「山に生かされ、川とともに生きてきたのだ」ということがあるものですから・・・下流域になりましてもそうですが。
流域を超える交流活動
■中越: ここを流れる四万十川支流の梼原川には、途中にダムが二つありまして、町内にある初瀬ダムと、四万十町(旧幡多郡大正町)の津賀ダムですが、そこが皆さんとのつながりを少し絶っています。が、下流域とのつながりという意味で一番大きいのは、中流域から下流の四万十市までが水源涵養の恩恵を受けていることから、最近は特に四万十市中村地域の方々の住民組織が上流域の山の大切さを共有しようとしていることです。春の緑の日には、もう20回近くになりますが、下流域からバスを何台も連ねて来られています。この上流域に広葉樹を植えたり、あるいは山の手入れをしたり・・・。それから町内の山を歩きながら、「中国の龍(たつ)という海の神様がいる、こんな山の中に海の神様がいるんだ」とか、そういった関心も非常に高くてですね。下流域の方々からの指名でそういうところにもお参りもするし、そのいわれを、そのいにしえということを、しっかり考えている皆さんがいるんです。
そして、今度は町として考えてみますと、小学校を上流域の中だけに囲っていてはダメなんですね。そこで、梼原町立の越知面
(おちめん)小学校や四万川小学校が、河口域にある四万十市中村の下田小学校に学校全体でバスを連ねて行って、四万十川の上流では一滴の水が谷になるのに、河口ではこんなに広くなって、これほど大きくなるのかといったようなことを知るわけです。一方で、下流域のこどもたちも上流域に来るんですが、「また来て、今度は風車があるところを見て下さい」といった連携ができています。
昔みたいにこの川を使って木材を流したり、産物を送るといった「物流」という点での流域交流というのは、少し薄いような感じがしますが、人の交流ということになると、山があり川があって、海まで影響を及ぼしているんだという、そういった意味では下流域も上流域も一連的なもので、大切にするという気持ちは持っていかないといけないという気運は非常に強くなってきています。
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▲梼原川(写
真提供:梼原町)
その91%が森林という梼原町を南北に流れ、やがて四万十川へと姿を変える。 |
実は、さっきお名前が出た下河辺先生が、町で第一回の四万十川大学院という国交省(当時建設省)が開いた大学で講演をされたときに「流域」ということをおっしゃったんです。不思議な縁ですが、先生がここに来られておっしゃられたことを下河辺先生も講演されたんです。その時に、「流域というのは大事にせないかん」、「この心を大事にするということは、川を大事にするということやし、流域全体でこの方向づけを出していかないといけない」。こういうことを言われたんです。
その後、林野庁が「流域管理」ということを打ち出してきたんですね。それで、四万十川の流域だとか、吉野川の流域だとか、流域管理を打ち出してきたんです。人との交流、流域としての交流というのはそういうことですが、今、物流は道の流れに変わってきたんです。ですから、二つできたということなんじゃないかと思います。流域、川の流れに沿ったものと、もうひとつは道路が流域、流動というか、そういう形で結ぶことになって、流域は縦横無尽に結ばれるようなものに変わってきているというのが、今、なんです。
自然から得たものを自然に返す。梼原町の取り組み
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▲四国カルスト高原の風車(写
真提供:梼原町/コンクール入選作品)
愛媛県境、標高1300〜1400メートルに建てられた600キロワットの梼原町風力発電所。
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■中越: 今日、ちょっと見ていただくんですが、町では風力発電用の風車を設置しているんです。この自然エネルギーでできた電気の収益を「町環境基金」として蓄え、もう一度自然に返そうというわけです。四万十川にきれいな水を供給するため、一つには、お金を山に返そうと、全国では類をみない1ヘクタール当たり10万円という間伐補助をして、森林所有者が山の手入れをすることへの支援に当てています。又、梼原町森林組合では、2001年に森林管理協議会(FSC・本部ドイツ)の国際認証資格を取得していますから、FSCの認証審査を行って、環境に配慮し適切な森林管理をしいるものを認証し、その森林から生産された木材や製品に「FSC」のロゴマークを付けて販売できるようにするなど、経済の循環にもつなげようというのが我々の思いです
太陽光エネルギー活用率は、四国一!
■中越: 二つめは水をしっかり供給していくということです。排水は高度処理をして、きれいな水を四万十川に流す、供給することが役割だと。もうひとつは、自然のエネルギーで、地熱なり太陽光なり水力なりの、そういった新エネルギーシステムを、町内で自分が住む住宅に設置することに対しては、キロワットあたり20万円の助成をしています。四国の人口はおよそ415.4万人、154万所帯(平成12年調べ)。梼原町は人口約4500人、1800戸ですから、太陽光の発電設備を乗せているのが四国で一番になるだろうということでいえば、戸数でいってもエコの関係も自然できていると考えています。分水嶺のところに建ててある風力発電でできたお金も、そういうふうにうまく使って、もう一度、自然的なものの中から、使っていこうということになっているということです。ですので、皆さん、川に対する思いというのは、非常に強いものがあります。
それで、下流域の人との交流もできてきたし、これが行政同士の交流でないところに、私は良さがあると思っています。民間の方々がバスで上がってきて、上流域で木を植えたり、木の手入れをし、水の大切さを学んで帰るという、そういうことが非常にうまくできていますので、そういう意味では「流域」ということについての思いというのは、下流域も上流域も同じです。
四万十川源流部で放射性物質を最終処理?!
■岩井: なるほど。それで、下流の人たちは来ると泊まっていきますか?一泊二日だとか、二泊三日だとか。
■中越: それはあんまりないんですね。だいたい2時間あれば帰れるものですから・・・。下流域まで行っても2時間、こっちへ来るのも2時間ということで・・・。それで話しは違いますが、一つ心配していることがありまして。隣で高レベルの放射性廃棄物の処理をするということに名乗りをあげようという住民の方々が少数でしょうけれども、今、手をあげたり、下げたりしているところなんです。私は四万十川流域の住民として、この自然景観やあるいは森林セラピーといったところまで取り組もうという同じ地域の中で、皆さんの危機意識を阻害するといいますか。安全性が保たれているとは言いながらも、それは危ないんだという気持ちの整理を皆さんがつけていない中で、放射性廃棄物最終処分場誘致が持ち上がるということに少し心配をしています。
■岩井: それは、どういう動きからそんな話が出ているんですか? それの元は?
■中越: 経済産業省です。関連機関の原子力発電環境整備機構(NUMO)が全国各地で候補地を公募している段階です。日本の原子力の核燃料からウラン、プルトニウムを取り出す再処理をして、残った高レベル放射性廃液をガラスで固めてステンレス製の容器に入れた「ガラス固化体」、つまり高レベル放射性廃棄物なんですが、それを粘土の緩衝材で包んで300メートル以上の地中に埋めるんです。
■岩井: それは、国のほうからあるんですか、働きかけが?
■中越: そうです。ニンジンをぶら下げたんですよ。四万十川の源流点にですよ。
■岩井: 経済産業省の立場になってというか、国の立場になって考えますと、どこかで処理しなければならないというのはわかるんです。が、環境が抜群にいいところを選んで、あえてやる必要はありませんね。何も悪いところでやれと言っているわけではないんです。が、何といっても役割分担というのがあるんです。特別
自然が売り物でないと、そういうところに無理をお願いをして地域振興のことを別
のかたちで図るからと・・・。でも、ここは四万十川流域。四万十川の清い水というか、四万十川の流域ということでこれから地域の活性化を図っていこうとしている最中ですから、そういうのと合いませんね。考えが。
山の民としての役割
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▲茶や谷に残る「茶堂」にて(写
真提供:梼原町)
かつて村人たちが、旅人や通行人を交代でもてなした茶堂が、今もそこかしこに残る。 |
■中越: 合いませんね。たまたまうちは、四万十川の名前がついた地域なんです。町の北西部にある「四万川」(地区名)と途中の十和村(現・四万十町)の「十川(とがわ)」(地区名)を合わせて、四万十川という名前がついたんではないかとも言われているわけで、まさしくそういう地名がある地域なんです。そういう意味でも、この四万十川と、そしてこの昔ながらの山にいだかれてきた山の民としての役割を、しっかり守っていきたいのです。
また、林野庁などが構成している森林セラピー実行委員会で、2006年から全国でセラピー基地やセラピーロードの認定をスタートしていまして、梼原もその候補地にあげられています。それで、今後はこれにも力を入れたいと、今年大崎課長が森林セラピー認証の実証試験をやりましたが、私はやっぱり、山だけではなしに、川もあわせてそのセラピー効果
を一緒につくっていくべきだという思いがあったので、そのような実証試験になりました。やはり水と山というのは関連性をしっかり持たせていかないと。山だけでもいけない、水だけでもいけないんです。
人が住まなければ、山は守れない
■岩井: まあ四万十川といえば、四国を代表するというか、全国を代表するような川になっているかと思うんですが、そういう意味でも、下流の人たちの上流、水源地域に対する関心が高まってきたというのは、いいことですね。
■中越: 四万十川が、きれいなままで育てられてきたのは、上流域も、中流域も下流域もそれほどの人口の密集地がないという中で、だいたい守られてきたという面
も多いと思うんです。中村でも3万4千くらいの人口で、中流域では何千という人口できたものですから。やっぱり川の流域にそれほどの人口が定住していなかったんですね。
■岩井: ただ、人口が過密でないのはいいんですが、あまり過疎でも、元気がなくなるので困るわけで・・・。そういった過疎の問題というのが、梼原でも深刻ではないかと思うんですが、そのへんは、どのように見ておられ、どのようにお考えですか?
■中越: それは過疎と、どうしても高齢化というのは、本当に心配です。何故かと言いますと、さきほど少し言いましたが、日本国をどうするのかという中で、私は、やはり山間地域の山を守るには、それなりの地域に人が住まないと、山が守れないと考えているんです。それは車社会ですから、皆さん、山に通ってきたらいいじゃないかと言いますが、それだけじゃ、決して守れません。やはり、一日のうちでどういう状況が起こるか。山の動きはわかり難いですから、やはり山の近くに人が住まなければ、ということになります。
住めるということは、ある程度の経済が伴わないと住めない、ということです。ですから、この山の資源を活かせる、あるいは山からそんなに多くのものを稼げなくても、山の木材がある程度生活の糧になるようなものであるとか、あるいは、棚田のようなところで自給自足できるといった中で、生活ができることを考えていかないと、山は人が減ってきてしまうんです。
過疎地に人のにぎわいを
■中越: それで今後のことを考えると、私は定住というのは、なかなか難しいと思うのです。定住ということだけで、人を引き寄せることは難しいから、何日かこの地域に寄っていただいて、皆さんの持っている知識や経験というものを発揮してもらう。また、帰っても、また来る、というかたちが十日、二十日になる。三ヵ月になり、六ヵ月になり、将来的には一年になる。というように、ある程度時間をかけて、多くはなくても人がこの地域に住んで、経済の循環と一緒に対応していけるようにすることが必要なんです。
そのためにはどうしてもある程度の、一日なり、三日なり、五日なり、宿泊ができるといったものが必要です。それを旧学校を改修するなり、全国おしなべて民家を改修するといっても、民家はなかなか貸しません。皆さんが生活をするためにやって来て、最初は土地の人も「受け入れます」と言いますけれども、どうしてもいざとなると、長期に契約を結んでまで対応しようとはしませんから。過疎地に、生活や宿泊ができる程度のものをポツポツと作って、誰でも来られて、一週間、十日、一月でも、六ヵ月でもいいけれども、利用できますよという、まあ、都会の人が考えたら別
荘ということになりますか。我々のところだったら、端的な山小屋風の建物があって、そこで生活をし、体験をしていただけるというものが、何らかの方法でできないものか。それをしていただくことで、地域に人が入ってきて、その人たちが「よし、この地域で住もう」となった時には、それなりに町の住宅であったり、民家を借り上げたりとか出来ますから。
「選択と集中」から、「共生と分散」へ。
■岩井: これはですね、本当に過疎が進んでいるんです。戦後といってもいいのかもわかりませんが、先ほど大崎さんとも話していたんですが、昭和33年をピークに過疎が進んできて、今だに止まらないんです。その原因その他は、いろいろあるにしても、由々しき問題だと。それで、総理の諮問機関で経済財政諮問会議というのがありますが、そこの人たちは「選択と集中」というんです。効率の悪いところには、もうあまり投資しないで、効率のいいところに投資しようと、まあ、小泉さんには小泉さんなりのやり方があったのだとは思いますけれども、経済諮問会議で、民間の人たちはそう言うんです。
ですがこれは間違いで、僕は国土交通副大臣のとき、担当のところではちょっとでもそういう言葉を出したらいかん、絶対に禁句だと言っていたんです。僕は、「共生と分散」だと。「選択と集中」というのは、今、企業はですね、国際競争をやっているでしょう。企業の論理なんです。儲からないところは切っていって、儲かる部門だけに集中していきましょうという。それは、激しい国際競争に勝つための企業の論理であって、ちょっと国土政策とはなじまないというふうに私は思っているんです。それで、そんな話をして、一応、国土総合開発法というのを去年通常国会で変えたんです。修正といっていますけれども、全面改訂です。担当局では、だいたい私はそういう話はしましたし、それで今は十分に意識してくれていると思いますが・・・。
「二地域居住」と私は言っているんですが、先ほど一泊二日なり二泊三日なり泊まれますかと伺いましたね。日帰りでもそれは来てもらえないよりいいのに決まっているわけですが、これからは、今、町長さんもおっしゃったように、セカンドハウスとかそういうもので結構なので作ってもらうとかですね。あるいは、共同でなんとかハウスを作ってもいいし、クラインガルテンじゃないですが、クラブハウスみたいなのがあって、その周囲に自分の庭があったりとか。要するに工夫はいろいろできるので、とにかく、下流の人たちが、あるいは周辺の都市部の人たちが、過疎、農山村地域に来たくなって、しかもできるだけ泊まってもらうことが大事なのではないでしょうか。それから、都市の人たちにしましても、都会だけの生活というのは味気ないんです。ですからここの山や、農山村地域には、都市では体験できないことがいっぱいあるわけなので、いろんな体験を、子どもに限らず、大人も体験していければね。そういうイメージを持って地域づくり、あるいは国土政策をやっていったらいいんじゃないかなと僕は思っているんです。ですから、何も川の流域の上下流交流だけじゃなくて、他の流域の人たちとでもいいんです。ここであれば、県庁所在地は高知市なんだから、高知市の人たちの中でも、「実は俺は梼原が好きだ」という人が、ここにセカンドハウスを作るなり、作らなくても、しょっちゅう来るなりしてもらえばいいわけで、要するに第二の故郷みたいなものがあったほうがいいですね。
■中越: そうですね。私も先生のおっしゃるとおりだと思うんです。山間地域、過疎地域をまわってみると、それしかないみたいです。もう一つは、個人の所有ということになると難しい面
がありますからね。共同のものなのか、公のものなのか、といったかたちで受け入れることができる、短期間でも泊まることができるというものでないと。なかなか皆さんと契約してやれるということにはなりませんから、そこだと思うんです。その人たちが何回か来るうちに、この地域に宅地でも構えて、家を建てて住みたいというようになってもらうことが必要だと思っています。
もう一つは、どうしても山間部で生活をした人というのは、お年寄り含め、子どもが高知市内にいるからとか言って出かけてしまい、ここに一週間もよういられないんです。うちに帰ればこの生活ですから。それなら、大阪・東京だったらなおさらのことです。やっぱり、そういったことも、私は高齢化になるという高齢化だけが悪いんじゃない、自分のことは何とか元気になされる人もそうじゃない人も、その地域にいるのはいいことなんです。そこも考えないと。何となく高齢者というのは邪魔者扱い、みたいなかたちにはしないように、今に至る支えをしていただいた方ですし、知恵も知識もあるわけですから、そこをうまく活かせることを考えていかないといけないと思っているんです。
ジオパークで子ども達の未来を!
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▲受け継がれる文化―平安時代から梼原に伝わる「神楽」ー(写
真提供:梼原町)
演目は「やまさがし」。鬼面の者が山中分け入り宝刀を探す姿に人間の欲望を映す。梼原は、中央文化の影響が強い伊予(愛媛県)との国境地帯に位
置し、豪雪地帯でありながら、山中の都として土佐(高知県)でも卓越した山間文化圏「津野山文化」を構成していた。
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■岩井: あまり時間がなくなりましたけれども、最後に。ジオパークの話が今、出ていますね。僕は、これは過疎地域というか水源地域というか、農山村地域というかを考えた時に、ひとつのテーマとして非常にいいのかなと考えているんです。何もその地質、ジオだけでなくて、エコロジーも重視し、それから歴史・伝統・文化というものを重視しながら、ひとつの大きな公園として、とにかく公園ですから、人に来てもらわないといけないですから。その、人に来てもらうひとつの材料にはなるのかなと思っているんです。市町村レベルのものがやがて都道府県レベルに昇格し、そしてナショナル・パークに昇格し、そしてさらに先に行って世界認定ですね。ユネスコ認定のジオパークになるとか、いろいろ先は楽しみなことが多いと思いますが、私は、まずは市町村レベルでやらなきゃいけないなと考えているんです。その辺はいかがですか?
■中越: このジオパークの話を聞いたときに、地質だけではないんだ、その全体、つまり地域の歴史・文化などや、それから子どもたちの将来にわたっての豊かな心を育むといったことも大切にするんだということを合わせて聞いたんです。山間地域の市町村が、これからの将来にわたって立ち行くために、皆さんがこういった取り組みをしているわけです。そこに人が流れ込んで、そして、一緒にいろんなものを学んで将来に残していくための実践という意味で、私は、一町村では難しかってもこの流域なり、あるいはグループで一緒にやっていく。6町村なら6町村で、同じような地質なり地形の中で、対応するところは共同で取り組むべきだという思いを持っていまして、是非、これに名乗りをあげて、どういうことを進めていくことが将来につながるかを考えたいと思っています。
■岩井: 大人も知識欲というのはありますから、生涯学習ではないですが、今まで全く知らなかったようなことを知っていくというのは、僕はきわめて大事なことだと思うんです。それで、私は、自然との響き合いだとか、宇宙との響き合いと言っているんです。宇宙と響きあわないとダメだと、宮沢賢治は東北大学の前身の学校出身で、専門は地質なんです。ですから、地質学者になりたかったんです。地質というのは山ですね。ですから、宮沢賢治の小説というか、童話というか、作品の中に、地質関係のものが多いんです。銀河鉄道の夜にもそんな場面
がありますけれども、やはり地質がどうのこうのというのは、地球規模じゃないですか。だから地球が、つまり宇宙がどうのこうのという話になるんです。自然の中で、自然とのふれあいの中で、地質というものも、大変意味を持っているんじゃないでしょうか。しかもそれは単に地質ではなくて、エコとも一緒ですから、宇宙との響き合いとか、宮沢賢治みたいな感性を、子ども達に持ってもらわないといかん。だから、そんなことを思っているんです。ですから、子どものうちに学習してもらわないといけない。
宮沢賢治の心を、子ども達に育むために・・・
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▲子どもたちのふる里原風景、「四国カルスト」
東西25kmに広がる日本三大カルストのひとつ。ここに立てば、南に太平洋、北に瀬戸内が望める。
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■中越: 今、非常に不登校児とか、心を病める子どもたちが多いんです。私は先生がおっしゃられるように、この地域で山だとか川だとか、農用地を使った中で、健全な心を養ってもらって、それで、学ぶ意欲が出てきたら学ぶことが出来たらいいなと考えているんです。今はもう全部、点数で評価して、その良いか悪いかだけで子どもたちを見るという、そこにこどもたちを追い込んでいる。それは、間違っています。この自然の環境であったり、地質であったり、山であったり、川であったりといったことを、うまく身体に吸収してもらって、健全に育ってもらう。今年はできなかったけれども、私はこれをやりたくてたまらない。そこにジオパークという話が出たものですから・・・。そういう方向に行かないと、日本を担う子どもたちが本当にダメになってしまいます。
■岩井:学校の教室で黒板に先生が書いて教えるという知識もそれは必要だと思いますけれども、自然の中で、山の中で川の中で、星空を見て、何を思うか、鳥の声を聞いて何を思うか、そういう体験ですよね。別
にこれは、こうであると教え込むのではないけれど、自らが体験し、勉強を自分でしていけば豊かな感性もできてくるし、いろんな知識も自ら知らないうちに学んでいくんじゃないかと思いますね。ですから、そういう場にこどもを放り込まないとダメなんです。学校の教室だけじゃダメなんですよ。
今日は本当にありがとうございました。
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