大峰山脈の水を集めた天ノ川は、村の中程あたりで「坪内」という小盆地を腕に抱くように湾曲する。ここに、神秘的なエネルギーを感じるパワースポットとして、精神世界に惹かれる若者や、著名なアーティストが繰り返し訪れるという「天河大弁才天神社」がある。 「坪内」という地名は、中国の故事「壺中天(神仙の住む仙境、俗界とかけ離れた別 世界をいう)」からきたという云われもある。
天河神社の神殿は地下水に通じた大きな磐座の上に造られているという。自然、水、森・・・・太古の人が神を見いだしたこの磐座に、修験道の開祖役行者によって弥山に祀られた弁才天が迎えられたのだ。明治の廃仏毀 釈、修験道禁止を経て衰退したが、近年再び世に出た。信仰の枠を超えて、今、現代人が求める精神性がここにはあるのだろう。
水と芸能の神さま「弁才天」 天河神社の祭神「弁才天」は仏教以前のインドのサラスバティ河が神格化されたもの。水の女神様だ。サラサラと流れる河の音から妙音天とも呼ばれ、音楽、弁舌、智慧の神ともなった。日本在来の水の女神・市杵島姫命と同体とされる。ギリシャのヴィーナスの流れをくむとも。太古は世界中を個性豊かな八百万の神が自由に飛翔していたのかもしれない。
天の川と坪の内川が合流する静かな場所にある鎮魂殿とその対岸の六角岩。この辺りは川の流れが不思議なほどゆっくりだ。鏡面 のような水面からは水がどっちの方向に流れているのかわからず、奇妙な感覚が・・・。この河原は瞑想に最適だとか。その先に禊ぎの水が一筋落ちている。神事の前に神職たちがここで水行をするという神聖な場所だ。(左写 真:禊ぎの場に降りる階段)
天空に最も近い地上の「天(てん)の川」は、天空の「天(あま)の川」と平行して流れている。天河神社の伝承では、弁財天が織女に、川向こうにある八坂神社に奉られた牛頭天王(ごずてんのう)が牽牛になぞらえられている。旧暦の七夕の日の夜、村の家々のご先祖様やすべての霊をご供養して、お祓いした1000を超える灯籠を天の川に流し、お祈りが捧げられる。
天河神社春例大祭 初体験記(H15.4.14)
長閑な山村の午前11時。神殿を前に仰ぎ着席。太鼓が響き、神事の始まりを知らせる。朗々たる祝詞。鈴、榊、鳥の羽音、緑の風、樹木の匂い。求心力のある場で、新参者の我々は少々異分子だったかも知れない。神仏習合のここでは、般 若心経を唱和するのだと聞いて、密かに虎の巻を持参していたのだが、がさごそ取り出す雰囲気ではなかった。太鼓の音とともにはじまった般 若心経はリズミカルでスピード感がある。隣の若い女性は頭を揺らし忘我の境。急激に高揚感が場に満ちて、弁財天の真言「オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ」(※)でしめられると、ふわっと安らぎが広がった。
このあとヒーリング音楽の奉納、参集殿での直会(※)でくつろいだ後、午後は京都の観世流片山清司外社中による能の奉納である。 神に捧げられる舞台を参拝者たちも囲む。張りつめた空気を鼓の音が鋭く割き、時空が変わった。舞いが佳境に入ると次第に能舞台が無限の空間に思えてくる。 やがて拍手が湧き、皆、しみじみと玉砂利を踏み、散っていった。
三時間弱の春例大祭はこれにて終わり。この神社だからこその神聖な雰囲気の中、贅沢なひとときであった。心が静かに喜んで振動している。
※真言(マントラ) 秘密の言葉の意。仏様一つ一つに決められた真言がある。
※直会(なおらい) 神前に供えた御神酒や神饌を、祭典に関わった人たちで共にいただくことで、緊張を解き平常の状態に直ること。直り合いが語源。天河神社では、一見の参拝者にもすすめられると聞き、驚いた。柿の葉寿司と、村の人たちの心のこもった手作りのお味噌汁、お浸し、お神酒を、感謝をこめていただいた。
天ノ川・序章|天ノ川・水の郷|天ノ川・洞川温泉街|天ノ川・天河神社|天ノ川を食べる|身体検査