自然に返す水
掘れば必ず水が湧き、ザアザアと流れあふれる水音が日常にある黒部扇状地。豊富な水は工業用水としても利用されている。企業や市民が使った水は、どのようにして自然に返されているのだろうか。

企業の挑戦

『YKKグループ黒部事業所/環境グループ』

YKKグループの前身吉田工業が黒部市長の招聘を受け、「会社の故郷は黒部」と定めてファスナーの一貫生産工場をこの地に建設したのは昭和29年のこと。ファスニング事業では世界市場45%のシェアを獲得、YKKグループとして世界70ヵ国/地域、123のグループ会社で様々な事業展開を行う大企業となった今も、地元の人々にとってYKKは、「チャックさん」と親しみをこめて呼びたい存在だ。

1994年、YKKグループでは、ボーダレス環境時代に向けて『YKKグループ環境憲 章』を制定。「省エネルギー」「省資源」「リサイクル」「生態系配慮」をキーワー ドに、日本国内グループと世界各地工場で環境対策を推進し、キーワード基準を満た すエコプロダクツ商品の開発にも力を入れている。 YKK黒部事業所での工夫や取 り組みなどについて「環境グループ」からお話を伺った。

 

ykk【YKKグループとは?】

■事業の概要

ファスニング事業(YKK株式会社)」「住宅・ビル建材事業(YKK AP株式会社)」、両事業を支える機械やシステムなどを提供する「工機事業(YKK株式会社)」の3事業グループが主幹。世界70ヵ国/地域に123のグループ会社があり、国内外あわせて37,717名の従業員が働いている。創業1934年(昭和9年)。2004年度実績に基づく連結売上高は5,820億円 。(2005年4月現在)

■YKKグループの環境経営体制

環境憲章ふくめ、環境経営方針は「YKK株式会社取締役会」から承認機能である「YKKグループ環境政策委員会」へ。そして活動主体の「YKKグループ環境協議会」から全グループへと伝達される。経営層はもちろん、あらゆる業務に環境視点を持つことが要求されている。

【環境グループとは?】

委員会と協議会の事務局機能をもち、全YKKグループの事業の中で「環境部門」を担当し、様々な提案を行っている。YKKと社員や家族を結び、環境に関わる社員の意見やアイディアを吸い上げて事業に落とし込む役割もある。黒部事業所を拠点とする環境グループスタッフにとって「水が豊かで海と山がある。すばらしい土地・黒部」という実感が原動力、判断力の源だ。

【黒部事業所とは?】

全YKKグループの製造と技術の中核拠点。ファスニング・工機事業の黒部工場、ファスニングの黒部牧野工場、建材事業の黒部素材・黒部越湖・黒部荻生の各製造所から成る。敷地総面 積1,960,000平方メートル、従業員数6,100名。

 

こんなことも!企業のエコ・チャレンジ・アイディア

「生態系配慮」

名水の里を守る廃水処理

扇状地の中でも海岸に程近く、黒部の工場がある地域は伏流水が特に豊かだ。「清水」は地域の財産でもある。ファスニングの染色や建材製造に当たって必要な工業用水は、湧水の枯渇を招かないよう取水位 置に配慮が払われている。染色廃水などは生物処理を行って「多段式・流動床式活性炭吸着塔」を通 した後、鯉を放した池で「生物モニタリング」。その後雨水を含む排水は、pH計や油膜計、濁度計が常時監視する排水口から吉田川に放流されるが、万一異常が感知された場合は、排水口のシャッターが作動し緊急貯水槽へ貯められるのだそうだ。

水生調査

県立大学の教授指導のもと、社員による水生調査。

水質の総合評価は水生調査で

排水放流先の吉田川では2001年から、年1回社員が水生生物調査を実施している。水質検査はどこでもやるが、川の健康度を一番知っているのは生息する生物たち。結果 は一般に公開され、住民の安心感につながっている。

水の還元、様々な工夫

また、製造過程で使う冷却水を回収して浸透性のある池に貯めて表流水を再利用したり、工場施設内の雨水を地下に還元するなどで地下水を保全し、1991年から現在までに井戸水の揚水量 を半分以下に削減。その他にも使用水を従来の20〜25%に抑えたファスナーの開発など、グリーンマーケットに対応した環境負荷の少ない商品「エコプロダクツ」の開発にも力を入れている。

土壌汚染は地下水の汚染

2003年の「土壌汚染対策法」に先駆けて、YKKグループでは、「YKKグループ土壌汚染対策指針」を作成 。2002年から自主的に、土壌調査義務条件に該当しない黒部事業所敷地で残留物質の確認調査を開始した。その結果 、浄化を要する土地はゼロ、今後は地域環境保全と資産価値の観点から、経営リスクの低減を目的に全国展開の予定という。

「省エネルギー」「省資源」「リサイクル」

まだまだあった環境への取り組み

環境への取り組みは、発想と積み重ねがポイントだ。水とは直接関係ないが、投資金額を回収し経費削減に繋げた「工場の照明やスイッチ見直しで省エネと経費削減」。「土に返る面 ファスナーの共同開発」や「染色の過程で出る汚泥を乾燥させセメントの材料として再利用」、「事業所食堂から出る生ゴミから肥料作り」。また「梱包廃棄物ゼロ」を実現した荻生工場や、2004年度の事業所内の廃棄物612トン全てをリサイクルに回した黒部リサイクルセンターの取り組みなど。いたることころに、「資源循環型システム」の実例があった。

企業スピリットの力

環境を守るのが企業

「自然は一度こわしたら戻らない。それを防ぐのが企業」きっぱりと、環境グループ長の横倉滋さん。YKKグループでは、『環境憲章』制定以来、「環境との調和」を事業活動の最優先課題として、年間約30億円を環境対策に投じている。2005年度末までの達成を目標としていたゼロ・エミッション、「事業活動で発生する廃棄物の埋め立て処分量 をゼロにする」目標も、世界の主要拠点で実現の見込みだそうだ。

創始者が残した明快な判断基準

経済と環境の両立がYKK精神に基づく環境政策だが、取り組みの指針、原動力はどうやら、創業者の吉田忠雄氏の理念が全幹部・社員の胸に刻まれ受け継がれていることにあるようだ。吉田氏はカーネギーの「他人の利益をはからずして、みずからの繁栄はありえない」という言葉に感銘し、これが「善の巡環」というYKK精神となった。「自分だけが得をせず、相手のために汗を流すことによって、互いが幸せになっていく。そうして得たものをまた再投資していく。」経済が「人間の善」と共に循環するならば、「環境と調和した持続可能な循環型社会」も夢ではない。

社会報告書

『YKKグループ環境・社会報告書』

2000年「環境報告書」として初刊。企画編集は、すべて環境グループが行っている。2004年からは「社会報告」が加わり、CSR活動の方向性が一層明快になった。PDFファイルで一年ごとの記録を閲覧可能。油流出防止フェンスに使われるファスナー、海外工場での雨水利用や染色汚泥のレンガづくり等の紹介なども。

YKKグループ「環境活動」

アイディアの源は社員

枯渇しないアイディア

日経新聞「2005年大学生の就職希望ランキング」鉄鋼・非鉄金属・金属製品部門一位 。株式を公開していないYKKグループにとって、社員は株主でもあることが大きな特徴だ。利益は社員に還元され、「一丸となってやっていこう」という意識が強いので、当然会社に抱く愛情や積極性が違う。省エネやエコ商品開発のアイディアの多くは、社員が提案したりヒントを出したものだ。

社員への環境教育

会社で学んだ環境への意識を、社員が私生活でも実践してこそ本当の成果 。環境グループでは民生・省エネ・ひとり一人が実践できる温暖化防止活動教育などのほか、社員・家族を対象とした環境ポスター・スローガンの募集も行っている。会社のもつ影響力は強い。当初は自発性にかける面 があった社員達だが、地域の海岸清掃に自主的に参加するなど意識の高まりが見えてきた。

これも社員の発明です!
一本の長い長いチャックを閉めると、アラ不思議バックに変身。
ファスナーバッグ

 

クリーンアップ
  「あれ、こんなものが!」。ゴミの内容も記録。

  森
10年後、50年後が楽しみ。大きく育てみんなの森。

地域との連携

「土地っこになれ」という善の巡環思想

「YKKが来たことで、町が良くなった」といわれるようにと、国内外問わず進出した地域に溶け込み、地域に合わせた企画運営を行うのがYKKのモットー。本来の事業活動から離れ、教育や地域活性化、国際交流のバックアップなどにも力を入れている。黒部事業所でも環境講演会を開催したり、会社の現状説明会でクレーム等も公開するなど、地域に開かれた会社のイメージが強い。

黒部事業所の場合

【黒部市を巻き込んだクリーンアップ運動】
黒部事業所が1993年よりスタート。春の田植え前と秋の稲刈り後に行っていた「クリーン大作戦」は地域の人々の共感を 呼び、行政、老人会や市内の商工業者も同時に参加。今や毎回、五、六千人がゴミ袋 を持参して大結集する黒部市全体の活動として定着している。

【工場敷地内に創造される森】
黒部事業所の敷地総面積1,960,000平方メートルの中に、動物が棲み、草木が自然サイクルのまま枯れ腐って土に返るような森づくりが進められている。イメージは懐かしい鎮守の森。2009年頃までに完成の見込みで、誰もが自由に出入りできる、ふる里の森が子ども達のために誕生することになる。

【カーター記念黒部名水ロードレース】
1984年、ジョギング愛好家の元米国大統領、カーター氏がYKK株式会社の創立50周年記念式典出席のために黒部を来訪したのを記念して始まったのがこのレース。2005年5月の第22回レースには四千名あまりが参加、現在でもYKK株式会社は協賛組織として商品提供や社員の派遣を行っている。

YKK AP株式会社
YKKグループ
黒部事業所
カーター記念黒部名水ロードレース大会事務局

取材協力・資料提供:YKK株式会社 黒部事業所 環境グループ

 


アクアパーク
黒部市浄化センター・アクアパーク。扇状地をイメージした親水空間を再生処理された水が流れ、自然に近い水へ生まれ変わる。

『黒部浄化センター

人口約3万7千人の黒部市に、通常より高度な処理を行う下水処理場がある。市の職員2名、メンテナンス7名で運営されているセンターでは、再生処理した下水処理水が施設内の親水公園を巡って高橋川に流される仕組みで、全国から専門技術者の見学も多い。

発想のちがい

施設の24時間開放の実現

下水処理場といえば、閉鎖的で暗いのが一般的イメージ。町の中心に建設された黒 部浄化センターの場合は、計画当初から施設に市民の憩いの場として、また、水の大切さを考える場としての役割を持たせようというねらいがあり、開放的で従来のイメージを一新した施設である。場内の親水空間「アクアパーク」は、24時間開放されている施設で、岩場や水場の危険性は看板の設置などで注意を促しているが、基本的には来場者の自主管理・責任となっている。これは、「安全策に捉われていては魅力ある施設はできない」という理念によるものだそうだ。

人と自然のよりよいかかわりを求め

「アクアパーク」を流れているのはセンターで処理した再生水の一部。何度も循環する間に太陽や空気にさらされ、岩や藻類、水生植物に触れることで、より自然な水に近づいていく。その上で川へと放流される水ならば、きっと生態系にもやさしいに違いない。私達の生活排水が生き生きとしたせせらぎとなって流れている風景もさることながら、自然の力を借りて水を再生するという考え方が楽しかった。

処理場内

最終沈殿池をのぞき込む。もう匂いはほとんど感じない。この後、砂ろ過する。

9000立方メートルの下水をセンターで処理

砂の層で念入りなろ過処理

一般的な下水処理はBODと浮遊物質を除去(二次処理)後、塩素処理で終了する。センターでは更に、二次処理した処理水の浮遊物を「砂ろ過池」で取り除き、その約78%(7000立方メートル)に塩素処理を施した後、高橋川に放流している。

これが、センターならではの浄化法 

残る2000立方メートルの水は、更に高度な取り組みとして「砂ろ過池」を通 してから、さらに「オゾン処理」により殺菌・消臭・脱色している。その処理水は、「アクアパークきらら」の人工滝から、藻や貝類、ヤゴ、魚類などが生息する生態系豊かな人工池へ送られる。屋外を循環させながら、水中で営まれている食物連鎖を利用して化学的に処理できない「リン」や「窒素」などを除き、自然へと返すわけ だ。

今や市民のやすらぎスポット

目で見る下水道情報公開の場

市民に下水が「自然な水」となっていく姿を公開し、下水道の大切さを広く知らしめたとして、平成16年、センターは国土交通 大臣賞「第13回いきいき下水道賞」の表彰を受けた。今やセンターは、観光ガイドブックに載る観光名所。視察を別 にして年間2万人程度の来場がある。

人工滝

黒部川の石を使った岩組みを、オゾン処理されたきれいな水が流れる。

 

釣り師も出現?!

平成8年、希少種の「トミヨ※」(ハリセンボン)を滝へ放したところ数百匹に増え、今では小学校のビオトープに分けているほど。以前は、イワナやニジマスも放していたのだが、釣り師や投網をもった人まで出現したため、現在は放していないそうだ。
施設内には、四季折々の自然の営みが育まれており、「下水道管理というより、公園 管理をしているかのようです」と係りの人が笑った。

【トミヨ】※巣をつくって子育てをするトゲウオ科の淡水魚。水がきれいで水温が安定した池などにすむ。

手ごたえ

施設建設に当たっては反対もあったのだが、今では、「臭気やハエがひどかったが下水をつないで良くなった」と生の声も寄せられている。下水道が整備したことで鮭やアユが遡上するようになった川もあるそうだ。もともと、市民の名水の里への思いは 強い。アクアパークのPR効果で、現在では下水道に関する意識が高まり、「下水 道を早く作って欲しい」と陳情が寄せられるまでになっているという。

【黒部の下水道普及率データ】H17.3.31現在
・公共下水道 普及率・・・55.6%(20,755人)
・公共下水道 水洗化率・・・78.2%(16,230人)
・汚水処理施設整備率・・・79.6%
 (受け皿として黒部市人口の8割が利用可能)
・汚水衛生処理率・・・65%(24,243人)
 (農業集落排水事業、合併処理浄化槽含む)

黒部市浄化センター アクアパーク

取材協力・資料提供:黒部市浄化センター