大峡谷を行く
【黒部峡谷について】

黒部川全長の約80%を占める山間部、約68キロ間を総称して「黒部峡谷」というが、「峡谷」とは、川に迫って屏風のように切り立った断崖が続く谷のこと。日本最大級のV字谷と山々の標高差は、最大1,500メートル。中部山岳国立公園に含まれる流域の随所には高温で湯量 豊富な温泉が湧出している。雪に閉ざされ雪崩が連続する冬季は、常人が立ち入れる世界ではない。

黒部峡谷鉄道・トロッコ列車の旅

トロッコ
線路の幅は、新幹線の約半分 窓付き車両もあるが、断然オープン型普通車がお勧め

「宇奈月」発「欅平」行き

黒部峡谷の入り口に位置する宇奈月(うなづき)は、黒部川の電源開発とともに拓かれた山峡の出湯の町だ。ここから黒部川に沿って峡谷へ入る唯一の交通手段は、現在でも黒部峡谷鉄道だけで、自動車道はすぐ上流の宇奈月ダムまでしか通じていない。

黒部峡谷鉄道、愛称「黒鉄」の「宇奈月駅」。ホームで待っていたトロッコ列車の車高は大人の背丈ほど。黒光りする小さな機関車に、遊園地に行った子どもの様に胸が高まった。終点欅平(けやきだいら)までは約20.1km。1時間20分ほどをかけ、約375mの高低差を登る。手を振って列車を見送る駅員さんをホームに残し、ゴトンガタンとトロッコ列車が走り出した。

絶景かな、絶景かな

トロッコは川に沿って屹立する岩肌をなぞり、木漏れ日を浴びながら峡谷の奥へ奥へと走る。平均時速16キロは、自転車の平均的速度くらい。とはいえ、乗っているのが屋根はあっても外界と鎖で仕切られただけの「普通 客車」。身を乗り出して深く刻まれた谷を覗き、そそり立つ絶壁を仰げばスリルとスピード感いっぱいだ。眼下の黒部川は清冽にして自在奔放、白く眩しい丸石を食んでくねり、かと思えば重たげに白濁した大瀞や湖となって姿を現した。

  運転席   客車内   黒部川
  使い込まれた運転席。大の男にはちと小さい。 いくつものトンネルを通 過。老いも若きもインディージョーンズになる。 トンネルを出れば、眼下は黒部川。

釣鐘鐘釣で途中下車

崖下の川原は人でいっぱいだった。それに混り、黒部川本流の激しい流れのすぐ横には、素っ裸で悠々と入浴中の男性がひとり。川原の水溜りは確かに熱く、湯の花がゆれていた。崖下のくぼみには温泉旅館がつくった洞窟風呂があって、昼間は宿泊客以外も利用可能。入湯料は無料だそうだ。深い峡谷ならでは。谷を照らす日差しが神々しい。

 

働く人々と黒鉄

峡谷美人   待避所
「峡谷美人」の名付けられたゴミ用コンテナ。観光客のマナーはとても悪いと駅員さん。 真っ暗なトンネルにところどころ灯る「待避所」。作業する人々はわずかな窪みで通 過電車を待つ。

黒鉄、本来の顔

はしゃぐ観光客満載のトロッコは、時たま様子の違う列車とすれ違った。窓ごしには居眠りをする人、ヘルメットをかぶりじっと前を見つめている人。女性の姿も見える。本来、電源開発のためにつくられた黒鉄は、単なる観光路線ではない。峡谷への資材運搬はじめ、発電所や工事関係者の足は、今でも黒鉄が頼りなのだ。

鉄道に働く人々

沿線は来る冬に備え、工事箇所が多かった。軌道は切り立った岸壁を削って引かれ、多くが1メートルの猶予もなく谷底へと落ちている。そのきわでブルドーザーが引っかかるように作業していたり、にわかづくりの休憩小屋が崖に突き出たりしていた。逃げ場の無い路肩で直立し、あるいは斜面 に下りて列車の通過を待つ作業員達の目が、峡谷美に酔う私達に笑いかける。どれほどの汗と努力がこの路線を切り拓き、落石や大水による運休も少なくない黒鉄を守ってきたことだろう。

通勤   工事現場
貨客混成列車で出勤する。 沿線工事現場の足場

 

社章
「黒鉄のエンブレム」
関電マークとレール断面の合体

【黒部川と発電と鉄道と】

豊かな水量や急流が水力発電に適していることから、黒部川の電源開発が始まったのは大正の初め。現在、宇奈月から上流にある発電所は黒部第四ダム含め8ヶ所。これらの発電所建設用資材や作業員輸送の専用鉄道としてつくられたのが黒部鉄道の前身、黒部軌道。大正12年(1923年)に敷設工事着手、発電所が川をさかのぼって増設されるに従って軌道をのばし、昭和12年(1937年)欅平までが開通 した。現在のように観光客を受け入れるようになったのは昭和28年頃からのこと。2002年度の黒鉄職員数は203人。輸送人員は2003年、3,000万人を突破した。

黒部峡谷鉄道
http://www.kurotetu.co.jp/

 

おかま

出平近辺の、外から見た「おかま」。側面 に空気穴が見える。

【黒鉄の冬ごもり】

黒鉄は例年11月30日から4月20日(雪どけ・除雪作業状況により順次開通 )まで冬季運休となる。仕事納めは、峡谷で越冬する鉄道保守員、ダムの維持管理をする関西電力職員、看護婦ら約60人の保存食や日用品、必要資材の運搬だ。12月には、降り積もる雪の重みや雪崩から線路や鉄橋を守るため、一部鉄橋の解体や線路の取り外しを行い、トンネル内などに保管。職員達は車両整備や研修にいそしんで春を待つ。

【線路にそった冬季歩道】

トロッコ電車が運休する間、厳冬の峡谷で働く人々に毎日、生鮮食品や新聞、社内文書などを届けるのが「逓送(ていそう)さん」といわれる運搬業者。荷物を背負い、線路に沿って設けられた冬季歩道を黒部川第二発電所がある猫又(ねこまた)までの往復を歩く。道中には鉄橋や雪道も混じるが、ほとんどが、「おかま」と呼ばれる狭いトンネルだ。


祖母谷・温泉と山の現場

山小屋全貌祖母谷(ばばだに)山小屋へ

欅平駅から黒部川の支流祖母谷をさかのぼる。道々、「黒部川の支流には『谷』とつくものが多い。川と名づけるには余りにも急峻だからだ」と聞かされた。暮れなずみ、祖母谷とその支川祖父谷(じじだに)の合流地点にある山小屋にたどり着いた。ここは、白馬岳・剣岳の登山基地。下駄 箱に並んでいるのは年季の入った登山靴ばかりだった。

とにもかくにも温泉!

飛び込んだ内湯は薄く墨を流したような色、うっすらと硫黄のにおいで新鮮な湯がドボドボと浴槽に注がれている。ただただ肌に馴染み、出るのはため息ばかり。効能は神経痛、胃腸病、皮膚病、高血圧症など。飲用は通 風・糖尿病によい。温泉成分のせいで冷蔵庫など3年でだめになってしまうし、祖母谷に魚は生息しないという話に成分の強さが知れた。

  露天湯   腐食   黒部峡谷名入りビール
  男女別 の露天湯もある。夜は満点の星の下だ。 金属を腐食する温泉の威力を見よ。 一風呂浴びれば、「黒部峡谷」の名入りのビールがうれしい。

山小屋での四方山話

食堂は山行の興奮さめやらぬ 登山者達で賑やかだった。
女将さんに煮物が上手ですねと誉めたら、「水がいいから、何でも美味しく出来る。お米だって同じものが他所の水で炊いたらぜーんぜん美味しくないの」「ここの水があれば化粧水もいらないし」と、山水のよさを自慢した。

「水といえば・・・」、平成7年の洪水の話になった。
みるみる増水する川に、この山小屋の少し下流にある建設会社の作業員宿舎の人たちは「あそこさえもてば俺達も大丈夫」と固唾を飲んでここの明かりを見守ったそうだ。この時は、大規模な崩壊による土砂崩れで峡谷には92名が孤立。中流域に約600万トンの土砂が堆積し、黒部峡谷鉄道は4ヶ月以上も寸断された。その間、使える道は「おかま(冬季歩道)」だけ、復旧のための物資輸送は大町からのヘリコプターに頼ったのだという。

黒鉄が冬季休業に入る前に、 小屋の夫婦は山を下りる。
冬の間、周辺の谷は吹雪が荒れ狂い、雪崩の連続だそうだ。気温が非常に低くなる黒部峡谷の雪は粉雪状の上、春先に山を越える風が乾いて熱風となって吹き降ろすフェーン現象のため雪崩が起きやすい。集落などとんでもない。この山小屋と下流にある宿舎だけが唯一、雪崩に残った場所。と聞き、潰された小屋も少なくなかったのだと気付かされた。

山小屋には朝からこうこうと 電気がついている。
驚いたら、ご主人すかさず、「ここは関西電力のお膝元ですよ!」。そうだったそうだった。配線は、国土交通 省が林道下に埋設した光ケーブルから引かせてもらっているとのこと。

 

祖母谷温泉入浴体験

河原の湯
唐松岳を望み、河原の湯へ

温泉マーク「祖母谷地獄」の川原に湧く温泉は、出水で様変わりしてしまったが、一応目印を付けてあるとご主人に聞き、タオルを片手に上流へ。

激流の際に目印発見。湯気が噴出する川原の岩から流れ出る熱湯と川水が、程よく混じって溜まりに流れ込むよう石を並べ直す。ところがいざ入ってみると83度の源泉と水の温度差がむらむらで、手を泳がせっぱなし、熱くて冷たくて忙しない温泉体験となった。しかし手の届く急流と同じ目線で入浴というのもおつなものだ。

源泉近く
源泉の近くは湯気も色も濃厚だ。

【祖母谷温泉】

開湯は明治38年(1905)。長く富山営林署の管理下にあったが、昭和56年山小屋の先代が温泉権利を譲り受けた。源泉は地獄の両岸に温噴出しているが、対岸(左岸)の湯が昨夜の内湯へ。右岸の湯が小屋の露天風呂と名剣温泉、そして先の作業員宿舎に引き湯され、「これだけが楽しみ」と現場で働いて戻った作業員達の疲れを癒す。
(欅平から徒歩約50分 電話 0765-62-1038)

 

山の崩壊を目の当たりにする
どこもかしこも・・・

ガレた谷を見下ろし総毛立った。圧倒的な生命力をもった激しい水流がしぶきをあげ、泡立ち、岩を砕いている。吸い込まれそうだ。「通 行する者の事故に責任は負えない」という看板が立った土砂崩れの現場は、沢筋を横断する道がごっそり抜け落ち、路肩では崖から滑り落ちんばかりにショベルカーが作業中だった。激しくバウンドする車にずれるヘルメットを押さえながら、険しい林道を祖母谷に沿ってカモシカ谷を通 過。至るところ今にも崩れんばかりの 尾根、沢、谷だ。

  谷筋   工事現場   カモシカ谷
  見下ろした谷筋 命がけの工事現場 カモシカ谷
沢というより鋭利なナイフで深くつけられた傷跡のようだ

平成7年の水害で、スリットダム※として日本ではじめて土砂流出抑制効果 を実証した「国土交通省祖母谷第七砂防ダム」。激流に踏ん張るダムの肌は傷だらけで無骨で、不思議なぬ くもりがあった。出水のたびに流れが変化する祖母谷は峡谷の「3大崩れ」のひとつで、平成7年、岩魚の宝庫だった支川祖父谷は、大崩壊があり今だ裸地状態。平成12年には、祖母谷が支川名剣沢からの土砂流出で閉塞している。

【スリットダム】※
堰堤本体に切れ目を入れた砂防ダム。通常は常流して水や土砂を流すことで河川環境をより自然に近い状態に保ち、洪水時には土石流災害を堰き止める。

  トンネル出口   第七砂防ダム   祖父谷
  思わず息をのんだ第七砂防ダムへのトネンル出口 第七砂防ダム 富山県森林管理署管轄「祖父谷」

なぜ黒部峡谷に大規模な崩壊が?

黒部川上流域の山地は侵食の進み具合からいうと、壮年期。地球単位 で見れば「崩れ」は、山が老年期に向かう時に起こる当然の現象で、人智では止めることのできない自然の営みといえる。

黒部川流域の花崗岩類でできた地質は風化作用を受けやすい。加えて峡谷内の上流域では、冬の間に侵食された山肌の岩の間の水分が凍っては解けるという繰り返しで崩壊が起こる。中流域では、岩が風化した厚さ1メートルもない土層が岩盤表層に乗っており、その保水能力のせいで重くなって表層が滑って崩れる。峡谷の崩壊面 積比率は、5%強(31平方キロメートル)と全国一位、崩壊地は全体で7,000箇所以上もある。

【砂防について】
 詳しくは当サイト内「日光・大谷川を知る>日光砂防 」

現場「崩れる宿命」との闘い

峡谷での工事は厳しい気候風土に加え、資材運搬方法がトロッコ列車に限られるなど制約が多い。作業は列車運行期間中のみ。重機等も分解して運び現場で組立直さなければばらないのだ。しかも区域のほとんどが国立公園にあるため様々な配慮が要求される。

山奥で土砂と闘う男たちは、家族を離れ半年余りを現場宿舎に寝泊りして工事に携る。道づくりから始まり年月をかけて完成した堰堤もいつかは劣化するし、道は何度でも流される。もう10余年峡谷で働いている人が、崩れる山を見上げながら、「こわれたら、またつくるがですよ」と言う。この淡々とした、あくなき闘志はどこから来るのだろう。都会の高層ビル建築現場を見慣れた目に、大地にしがみつくかのように続く土木作業 の光景は胸に迫るものがあった。

【もうひとつの課題・土砂管理】
崩壊地から流出する土砂は年間約140立方メートルと推定される。流出土砂が極めて多い黒部川にとって、下流に適度な土砂が流れるのが「自然の状態」ともいえる。土砂を食い止めながら、下流部河床の低下や、100年で約200メートル後退したと考えられる海岸部の侵食などを食い止める、総合的土砂管理が重要な課題となっている。

 詳しくは「Shows Magazin」(国土交通省黒部河川事務所) のトップページから排砂 情報へ・・・

 

峡谷GUIDE

黒部ルート見学会

「黒部ルート」とは、欅平から上流の黒部ダムまでをつなぐ唯一の工事用輸送ルート。通 常、関西電力専用の施設のため一般は利用できないが、見学会が開かれているので体力に自信があったら是非参加したい。
関西電力平成17年度見学会ご案内
富山県「黒部ルート見学会」

立ち寄りスポット

黒部川電気記念館(関西電力WEBサイト内)
 黒部川の電力開発苦闘の歴史がリアルに伝わってくる。
うなづきダム情報資料館 大夢来館
 ダム関連資料が充実。秘境の自然を写真で体験。
欅平ビジターセンター
 峡谷や自然の知識を仕入れるなら、宇奈月町欅平駅に隣接したセンターへ。
 Tel.0765-62-1155  5月〜11月のみオープン/無料
うなづき友学館(宇奈月町WEBサイト内)
 宇奈月の歴史民族を学ぶ。学芸員に何でも聞いてみよう。

参考資料:
「黒部峡谷」 黒部峡谷鉄道
「黒部峡谷GUIDE」 黒部峡谷鉄道
「欅平&黒部川流域ガイドMAP」 宇奈月町・宇奈月町ナチュラルスト研究会
「ダム現場レポート 総合的土砂管理システムの確立を―黒部川」金澤裕勝(黒部河川事務所長)
季刊河川レビュー 2005 ?3 特集いま、ダムをおもう
「黒部河川事務所 事業概要」 国土交通省北陸地方整備局黒部河川事務所
「SABO 雄大な自然と清流を生かす。」 国土交通省北陸地方整備局黒部河川事務所
「黒部川河川事業」 国土交通省北陸地方整備局黒部河川事務所
「河川の歴史読本 黒部川」 国土交通省北陸地方整備局黒部河川事務所
「黒部川」 学習研究社
「宇奈月の温泉開発」 宇奈月町教育委員会ほか
「黒部川のあゆみ」 宇奈月町教育委員会
「うなづき 農林業のあゆみ」 宇奈月町教育委員会
「古絵図にみる 黒部川の用水」 宇奈月町教育委員会