扇状地湧水群
急峻な峡谷を流れてきた黒部川の水はやがて緩やかな傾斜の扇状地の下にも潜り込み、扇状地の端に当たる海岸近くの随所で湧き出している。これが、黒部川扇状地湧水群である。 河口の左岸は漁業の町でファスナー製造のYKKのお膝元でもある「黒部市生地地区」、右岸は、豊かな水田風景が広がり、俵型のジャンボ西瓜でも知られる「入善町」がある。 地元ではこの湧水を「清水(しょうず)」と呼び親しんできた。おいしい理由としては、伏流水は停滞することなくいつも新鮮であること、花崗岩の砂礫層を通 るためミネラルが豊富に含まれていること、などがあげられる。
「湧水」と「自噴井」とは
清水(しょうず)には、浅い水脈から自然に湧き出している「湧水」と、粘土層を掘りぬ いて、地圧、水圧により地下水が自然に噴いてくる「自噴井」とがある。昔は「湧水」をつかっていたが、水量 の変化などから、「自噴井」に切り替えることもあった。「自噴井」にしろ「湧水」にしろ、一つとして同じ味がないというが、その理由は、水脈の深さ、含まれる成分や温度の違いから。地元の人はそれぞれに、贔屓の味わいを楽しんでいるようだ。
自家用の清水を飲み比べ
自宅の敷地内の清水(しょうず)でお醤油造りをしている「飯沢醤油味噌店」の飯沢さん。 ご近所のどの家も敷地内を50mほど掘り抜きさえすれば、必ずおいしい水が噴いてくるという土地柄だ。飯沢さんの店舗内には、地下50メートルと地下100メートルからのふたつの自噴井からの水が、いつも音をたてて溢れている。
「まずは、どうぞどうぞ。お客様には、お茶代わりにうちのお水を飲んでもらうんですよ。」早速のどを鳴らして飲ませていただけば、これはもう旨くてとまらない。いくら飲んでも体にぐんぐん浸みていく。100メートルの方が冷たくて美味しいような気もするし、50メートルのほうが舌に味わいを感じるような気がするし・・・。甲乙つけがたい。
ざばざばと音を立てて勢い良く溢れてくる自噴井は、醤油造りに欠かせないほか、醤油の瓶を洗うにも勢いがあるのできれいに洗えるという。日常に水はあふれていて当たり前。水の音が故郷の音。「夏にニュースで見る水不足が気の毒でねえ。」という羨ましい環境なのだ。
生地町の清水めぐりは観光の要
生地駅構内でもおいしい清水が飲めると有名な生地町。平成2年の「ふるさと創生事業」の一環で、町おこしも兼ねて新しく整備され、町内では14箇所が共同洗い場などとして公開されている。旅館やお店でもらえる「生地まち歩きマップ」を手に、干物を焼く匂いの漂う小さな町内を自転車を借りて廻れば、民家の間や細い路地など、至る所に清水があるという印象だ。それぞれ意匠がこらされているのが面 白い。ステンレス製や石貼りの洗い場が清潔に保たれている。共同洗い場の掃除は地元の人に委ねられ、保健所が水質検査を実施しているので安心だ。ちなみに保健所による清水の扱いは普通 の井戸と同じだとか。
生地の商店街で見つけた「名水仕込みの笹飴」 砂糖を入れない米麦芽澱粉だけの穀糖飴。優しい味だ。 風邪には、大根を刻んでこの飴をいれておくと、甘辛い水となって、咳や痰を楽にしてくれるとか。
芦崎製飴所 黒部市生地山新921 電話0765-56-8071
これからが楽しみな入善町の清水スポット
黒部川を挟んで隣の入善町はエリアが広いので車で廻ってみた。広大な水田が迫り来る、海岸近くの県道を走れば、いくつかの清水スポットと出会える。 高瀬地区の公民館の前の駐車場つきの水汲み場には、ポリ容器をいくつも持ち込んで地元の人が順番を待っていた。湧水群のほぼ中央に位 置するこの清水は地下35mからの自噴井で、自噴の高さは地表3mにも達する勢いなのだ。新しく整備されて、水量 を活かした汲みやすい構造が、地元はもちろん、遠方から車で水を求めてくる人々にも喜ばれている。密集した町内の井戸といった感じの生地町の共同洗い場とはまた違って、郊外型といった趣だ。 海岸の防波堤のすぐ近くには東屋風に作られた清水「五十里(いかり)湧水の庭」がある。脇に止めた車の中で休憩中の営業マンもいたりして、清水が音を立てる空間がいかにも心地良い。 入善町扇状地湧水公苑は入善町が町内に点在する湧水群のシンボルとして整備した公園だそうだ。湧水群について解説したプレートなどもある。 広いエリアなので、名水を基盤としたまちづくりのために、ひとつのシンボルを必要としたのかもしれない。自噴水を利用した噴水や泉が工夫されていて、夏の暑い日などは水遊びなどが楽しいのだろうが、残念ながら海風が強く吹き込んで来たため、暴れる噴水の水から逃げ回りつつの取材であった。
喫茶店のコップの水も氷も名水! 入善町の清水を探索する途中、扇状地湧水公苑の近くにガラス雰囲気のいい喫茶店をみつけた。エントランスまえがビオトープのようになって水が湧き流れている。名水コーヒーとあれば、飲んでみねば。運ばれてみるみる汗をかくグラスの水をごくり。お・い・し・い! 溢れ出る美味しい清水はあちこちでいただいたが、こうやってグラスに氷を入れて味わうのもまた格別 。もちろん、氷も名水製。名水コーヒーもすっきりおいしゅうございました。
カフェ・ド・アラ 入善町下飯野181 電話0765−74−2345
黒部の名水を飲んで育った美味しい豚肉があると聞いて、 生地町内、黒部川の河口近くに養豚を営む、木島敏昭さんご夫妻を訊ねた。富山湾の風、黒部川の風が、広い豚舎を爽やかに抜けていく。
性質がやさしく、多産で子育ても上手なランドレースという種類のためか、豚舎の中も意外なほど静かだ。水飲み栓より美味しい水をごくごく飲んでいる。
水の旨さが肉の旨さ 「豚の体内の50%は水ですからね。」 水と美味しい豚肉との関係を知りたくてきたのだという我々に、忙しい手を休めて、木島さんはきっぱりとこう言い放った。大きな豚たちがごくごくごくごく、いつまでも旨そうに飲んでいるのは、農場内の地下25mから汲み上げている清水だ。工夫を凝らしたこだわりの種豚と飼料、そして、ミネラル分の豊富な黒部の清水が、美味しい豚肉をつくりあげているのだという。肉の切り身からドリップがでてこない、つまり、肉の中にたっぷりの水分とうまみ成分が閉じ込められているので、ジューシーで柔らかく旨みを堪能できる。 「黒豚は確かにおいしいと思いますけど、味が濃いから10日にいっぺんでいい。名水ポークはさっぱりしていて毎日食べても飽きない味なんです。」と胸をはる木島さん。 地元優先の消費体制をとっており、黒部市内の学校給食でもつかう豚肉も名水ポーク。この味は地元に定着し、木島さんがふらりと町の肉屋や飲食店に行けば、「おいしいね!」という評判に迎えられる。生産者冥利につきるというものだ。手応えが喜びとなって木島さんをいっそう熱くする。
挑戦は終わらない 肉質には種豚の血統も大きく関わるのだそうだ。木島さんは「指定種豚場」としての認定も受けていて、長年の試行錯誤で作り上げた血統を大切にしている。こだわるのは「骨太の豚」だ。多産を良しとする雌豚は乳の数も大事で、乳の数の多い豚、姿形やバランスがよい豚を残す。「結局、僕の好きな豚が残っているんです」。そういえば、日に灼けた木島さんご自身にも、骨太の感がある、と大いに納得。種豚となる子豚は登録のためにその都度、養豚協会の審査を受けるが、「自分に辛くするためにも、他人の目をもらう」と自らを叱咤する。名水ポークが農林水産大臣賞をとるなど、既に多くの評価を得ながらも、守りに入らず、常に一歩前を見て進んでいくのが木島さんの生き方だ。
美しい環境だからこそ守る 木島さんは、農事組合法人の組合員として共同で農作業も行っていて、豚の糞を堆肥にして提供し、喜ばれている。また、農場からの排水は浄化設備を完璧にしている。気持の良い川風でハエも飛ばされるし、水脈のおかげで地面 が温かく雪もつもらないという養豚に適したこの環境をありがたく思っているからこそ、環境への配慮を怠らない。
ご夫婦二人三脚で 朝5時から、夫婦ふたりで、1,000頭の世話をする。豚はとてもデリケートなので、飼育は気が抜けないし、子豚は毎日のように生まれる。生き物相手の季節を問わぬ 忙しさだ。それでも、奥さんの木島幸子さんは子育ての間も、当たり前のようにこなしてきたと、柔らかく笑う。実家も養豚を営んでいたというから、筋金入りなのだ。息子さんは長じた今、ハム製造の会社で修行中。いつの日か、豚のよさがそのまま出るハム造りなどで、木島ブランドを掲げて世に問いたいと、木島ファミリーの夢はひろがっている。
自家用の融雪装置で冬も夏も過ごしやすく
湧き水探訪をしていると、気づくのが、道の真ん中に並ぶ穴。これは雪の多い地方によく見られる、水を流して道路の着雪を溶かす「融雪装置」。もちろん、水は湧き水や自噴井の豊富な水を利用している。水温が冬も変わないから、ヒートアップする必要がない。おどろくのは、交通 量の多いとは思えない細い私道などにも、融雪装置として塀沿いに穴の並んだポリパイプが固定されていることだ。 右の写真は、お水をごちそうになった飯沢味噌醤油店さんの、店先と自宅の「融雪装置」。コックの切り替えひとつで店の周囲の道路や、隣の家(自宅)の中まで融雪の水が吹き出るようになっている。一度設置してしまえば、自噴井の圧力を利用して、水代も電気代もかからず、雪かき不要。夏は子どもたちの水遊びにも最適!
これからの水の活用「富山湾の海洋深層水」
海洋深層水をまちの力に
入善湧水公苑から田畑の間を縫って、もっとも海の際まで行くと、ポツンと小さなプラントか研究施設かと思うような建物が見えてくる。入善町の施設、入善海洋深層水活用施設だ。 海洋深層水とは一般に水深200m以下の海水のことを差す。 富山湾の深層水であれば、黒部川をはじめとした立山山系の水が溶け込んでいるのだろうと思ったのだが、海洋深層水の特長のひとつとして「河川などの陸水の影響を受けにくいため清浄性がある」というものがあり、そういう単純なものではないらしい。長い年月を経て その他の海洋深層水の特長としては、「一年を通して低温で安定」、「太陽光が届かないため富栄養」、「ミネラルのバランスが良い」などがあげられる。 富山湾の深層水は太平洋側とくらべて海流の影響を受けにくく、300m以深は「日本海固有の深層水」とされ、水温も2℃前後と太平洋側より低く安定しているそうだ。入善町は水深384mに設置されている取水口から硬質ポリエチレン管で、汲み上げて、鮑の養殖などの水産や、健康、医療分野への研究や活用を実践し、町おこしに活用している。アサヒビールの人気の発泡酒「アサヒ本生」にも入善の海洋深層水が使われ、豊富なミネラルや栄養によってビールに劣らない味や香りを生み出している。
海洋深層水を利用する工夫あれこれ
入善海洋深層水活用施設には入善海洋深層水を紹介する展示や体験コーナーがあるが、町外の人もここで水を分けてもらうことができる(有料)。蛇口が三つならんでいて、それぞれ、原水(海洋深層水を濾過・塩分約3.4%)、濃縮水(1.5倍に濃縮し紫外線滅菌・塩分約5%)、脱塩水(塩分を99%除去し紫外線滅菌)とあった。味見をさせてもらうと、当然前者ふたつは、当然、顔をしかめるほど塩辛く、脱塩水は旨みを感じないただの水と言う感じだ。脱塩水は塩分とともにミネラルも除去されている軟水なので、お茶や珈琲に適しているのだそうだ。原水や濃縮水は、塩の代用として漬け物や料理に最適、入浴剤として利用すれば肌がしっとりきれいになる。その他、海水魚の飼育に、化粧水にと、トマト栽培にと、工夫して使われている。清水(しょうず)に濃縮水を好みの加減で少量 ブレンドして、ミネラル豊富な飲み水として持ち歩いている人もいるという。 「名水のまち」から、「名水と海洋深層水のまち」へ。入善の人々は、清水と海洋深層水を工夫して組み合わせることで、いっそう生活を楽しむことが可能になった。
●入善海洋深層水
黒部川峡谷と扇状地・旅の栞|大峡谷を行く|扇状地の豊かな水|自然に返す水