西別川の水

その3
未来へ

体の80%が水分でできている人間は、
水循環の中からはずれては、 生きることのできない生命体だ。
西別川の水は、流域の子どもの心の中で、 大人の心の中で、
どのような旅を続けているのだろう。

西別川の水と子どもたち
「虹別小学校の総合学習/虹別まるかじり」
西別川の水とおとなたち
「虹別コロカムイの会」
「しべちゃゼロエミッション21研究会」
「別海漁業協同組合」

 

西別川の水と子どもたち

西別川の水が子ども達に教えてくれたこと
「虹別小学校の総合学習・虹別まるかじり」


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「 川のゴミを調べたよ」

お目にかかった岩佐公吏校長は体格のよい、笑顔のやさしい方だった。 平成12年から14年までをかけた総合学習「虹別まるかじり」は、大きく3つに分かれる。 中でも「自然から学ぶ」で西別川を取り上げたきっかけは、成長した子ども達が故郷を離れても、 ふる里を自慢できるように、との願いもあったという。

学習計画は、バイタリティあふれた先生方の綿密な計画づくりと下準備から始まった。

「主人公は子ども。子どもを中心に考えよう」と、感動的な出会いを散りばめたステップ1「西別 川と語ろう」では、動機づけとして、西別川の歌をつくったシンガーの「しらいみちよ」さんを招いて、お話を聞き、一緒に演奏したりした。ゴムボートで西別川も下った。どこよりもおいしい西別川源流の水は、ペットボトルに入れて、家へのお土産になった。「西別川は、すごい川なんだ」、と興味、好奇心が深まっていった。

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「実物大のシマフクロウ」 

ステップ2「西別川と私たちのくらし」では、それをもとに自分達で課題を決めて取り組んだ。川を調べれば、環境問題にぶつかる。「きれいな西別川に、牛のふん尿が流れ込んだら心配だ」と、牧場へ行って話を聞いてくるグループもあった。「魚のグループ」はふ化場へ行って実際に受精卵の採卵や魚の試食に挑戦した。

こうして最終ステップ「西別川自慢」の発表では、小学生と思えぬ 内容の濃い発表作品や、シマフクロウを研究したグループの大作、実物大のシマフクロウが教室を飾った。明るく素直ながら、消極的で表現が苦手だった子ども達は、身近な素材を媒体とした学習で、自ら学び考える力をつけ、誇りをもって自分の地域を語れるようになった。子供達の感動は、親たちにとってもうれしい感動だ。子供たちを通して、仕事に追われる親の関心が、とりまく自然環境にも向けられ始めている。鮭が、生まれた川をめざすように、おとなになった子ども達の心をふる里とつなぐのは、西別川の水の味に違いない。


 

虹別小学校のホームページ
 http://www.nie.shibecha.ed.jp/mokuji.html

問い合わせ:標茶町立虹別小学校  Tel/01548-8-2242 担当:柿崎先生

西別川の水とおとなたち

シマフクロウの森と西別川の水
「虹別コロカムイの会」

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「シマフクロウ」提供:虹別 コロカムイの会

シマフクロウは、アイヌ語で「コタン・コロ・カムイ」(村の守り神)と呼ばれ、神聖視されていた世界最大級のフクロウで、羽を広げると180cmにもなる。最も絶滅が心配されている国の天然記念物で、西別 川にも生息していたが、流域の森林伐採などによる川の水量 減少、汚染等のために生息地を失い、姿を消し始めていた。

そのシマフクロウが友人の養鱒場に来ると聞いては、行動あるのみ。現会長の舘定宣(たてさだよし)さんは、神様を守ろうと、仲間と共に「虹別コロカムイの会」を立ち上げた。平成6年のことだ。

今では、道内や東京に広がった会員は70名余、応援団もたくさんいる。会員の資格は、「シマフクロウのみに没頭する人」。変人揃いで、楽しみながらの保護活動と舘さんは笑うが、環境省と連携しながらの観察、植樹、河川清掃、餌となる鱒の放流などが成果をあげ、シマフクロウの数も徐々にではあるが増えつつあり、道東を中心に120羽ほどが生息しているといわれている。

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提供:虹別 コロカムイの会

流域の植林は、シマフクロウのねぐらを守り、森の保水力を高めて川の浄化につなげ、魚がいる清流を取り戻すために最も効果的な方法だ。しかし、ただ環境保護を訴えるだけでは、流域の人々を巻き込むことはできない。なにか楽しいことをやろうと、実行委員会をつくって平成8年から、西別川をつなぐ流域コンサートを始めた。

自然保護や淡路島大震災鎮魂の植樹活動を続けているシンガーソング・ライターの「しらいみちよ」さんを招いてのコンサートの後は、収益金の一部をあてた植樹祭で、川岸の林が途切れないように植樹する。今では寄付をしてくれる団体や財団が増えたので、苗木は必ず根づく大きさのものを奮発できるようになった。

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提供:虹別 コロカムイの会

「誰もが食べるために頑張ってきた。そのために自然に迷惑をかけたが、こわしたものは、俺らの手で戻してやろう」と、農家も漁業家もみんな一緒にステージに上がり、森が育つことを願って苗木を植える。 別海の海を見て育った舘さんは、野球部の練習の後はいつも西別川で汗を流した。シマフクロウを救うことは、西別川をあの頃の川に戻すこと。自然や環境を守る中で、自然界の一部である自分たちも、実は自然によって守られているのだと知った「虹別コロカムイの会」の、次世代に引き継ぐ遺産づくりが続いている。


 

虹別 コロカムイの会(舘 定宣)
西別川流域コンサート連合実行委員会 Tel/01548-8-2359

しらいみちよ情報局
 http://www.triple-i.co.jp/michiyo/index.html

西別川の水を守るために
「しべちゃゼロエミッション21研究会」

「僕が子どもの頃、おやじは、毎朝西別川に釣りに行って、60cm級の魚を下げて帰って来たものです」と教えてくれた熊谷善行さんは,標茶町虹別で輸入住宅の代理店を経営している。当時は、この流域でも、バイカモの花が咲き、水はとうとうと流れ、川カジカを突くのが楽しみだったそうだ。

ところが、川はあれよあれよという間に変わってしまい、一級のフィッシャーマンだった熊谷さんも、ロッドを振らなくなってしまった。

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「ふん尿処理の公開実験」
提供:しべちゃゼロエミッション21 研究会

これも、豊かな自然に甘えて、恵みを浪費した結果ではないかと考えた熊谷さん達は、平成13年、廃棄物も地域の大切な資源として捕らえる「しべちゃゼロエ ミッション21研究会」を設立した。

ゼロエミッションとは、1994年国連大学の提唱した 「社会から生み出されるさまざまな廃棄物を限りなくゼロにしよう」という理念。自然には何一つ無駄になるものがないことを土台にした「生物的な循環形成」(あるプロセスで出る廃棄物を別のプロセスの原材料「エサや肥料」として利用する)の考え方は、工業でも応用展開され、日本では荏原製作所が先進企業の代表。循環型リサイクルシステムを実践した東京のホテルニューオータニは、設備投資20億円余を10年で回収し、環境ビジネスの可能性も示した。


 

環境Goo 環境ナビゲーター第5回 「ゼロエミッション」
  http://eco.goo.ne.jp/navi/files/zeroemission01.html

荏原製作所のホームページ
 http://www.ebara.co.jp/zeroemission/index.html


標茶町の場合、地域産業の特性から家畜ふん尿の河川流入、農業用廃プラスティックや町から出るゴミの処理、森づくりで生じるカラマツ間伐材の活用など、環境にかかわる問題が多く、全てが「しべちゃゼロエミッション21研究会」の課題となっている。中でも、ふん尿処理は、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」が施行され、平成16年10月までに、ふん尿の野積み禁止含め、多岐にわたる管理基準を達成しなければならない緊急の問題だ。農家の経済的負担はあまりに重く、低コストで出来る浄化の開発・実現が求められている。

これを受けた研究会は研究者の指導のもと、糞尿を「ルートネットフロートシステム」(植物の根の力による浄化作用)で分解して有用資源に変える研究を始めた。この方法に加えて、植樹などで川の自浄力が高まれば、昔の美しい川が戻ってくるのも夢ではない。「水は、命全ての根源」。研究を共にする、地元標茶高校の生徒たちと実感している言葉だ。


 

カムイ・エンジニアリング株式会社  TEL/01548-5-5820


豊かな海と西別川の水
「別海漁業協同組合」

 
提供:別海漁業協同組合

西別川水系を筆頭に、鮭と深いかかわりをもつ別海地方の漁業は、石器時代にはじまり、アイヌの人々に受け継がれた歴史をもつ。曲折を経て昭和24年、当時の大手資本家の手を離れ、地元漁民自らが運営する、別海漁業共同組合が創立された。以来50年余。走古丹漁協との合併による漁域の拡大や一魚種依存から脱皮をはかる養殖などが進んだ今も、鮭は全体水揚げ量の過大半を占める。

別海の漁業は、「鮭は生まれた川に戻ってくる」という自然の摂理の中で、宿命的に鮭と共にある。今から25年程前、その鮭が、河口まで戻ってきても西別川に登ろうとしない現象が起きたことがあった。別海漁協の専務理事立澤静夫さんは「浜の古老も驚いて・・あんなことは初めてでした」と述懐した。

「水質の調査」
提供:別海漁業協同組合

漁業は、自然相手の仕事である以上、環境変化がもろに出る仕事だ。日本一の鮭の味と母なる西別川を守ろうと、川の清掃活動を行う一方、昭和48年から、漁協青年部が月一回の「西別川水質調査」を始めた。川筋の河川改修や、同年から進められた新酪農計画による大規模な草地造成が川に影響を及ぼさないとは言い切れない。河口から源流まで、7箇所の定点で続けられ、採取された水は札幌に送られて分析を受けている。調査結果には特に際立った変化は見られないが、立澤さんは、数値が出たときではもう遅い、と心配する。

別海漁業協同組合婦人部が、「婦人部創立30周年記念」を期に、北海道漁婦連が提唱した「お魚ふやす植樹運動」に賛同して植樹を始めたのは昭和61年。「海を見るときは山を見よ」。食物連鎖のいちばん底辺となる植物プランクトンの栄養源は森の土の中で分解され、育まれ、川によって山から海に運ばれてくる。そうした自然の営みを勉強しながら、「木を植えて森をつくってきれいな水を海に流せば、資源を守ることができる」と信じての活動だ。

川岸の離農した土地を利用して植えるのはドロの木、ミズナラなどで、別海町の応援を受けて「魚を育む森づくり事業」の一環として例年5月に行われている。「浜の母ちゃんが、なして山に行って木を植えなきゃならないの」と傍観していたおとうさん達も町のひとも、今では頼りになる応援団。漁業者が山に木を植えることへの反響も大きく、当初は数十人しか集まらなかった参加者が、今は300人も集まるようになった。木を刈ってつくった牧草地に又、木を植える。森と西別川の水と海のつながりが与えてくれる恵みを、孫や子の代にまで残すために。


 

別海漁業協同組合
 http://www.aurens.or.jp/hp/betsugyo/
 

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