世界は、グローバルな時代に入っており、しかも激動の時代に入っている。政治家が官僚を凌駕するようになっているかどうか、はなはだ心もとないが、ともかくグローバルな時代は政治主導でないと良い政策ができる訳がない。今井賢一(一橋大学名誉教授)【1】がいうように制度づくりも民営化の時代である。政治主導の民営化、それが「郵政改革」であり「郵政解散」である。「小泉劇場」【2】、おおいに結構!。「小泉劇場」は、まあいうなれば『劇場国家にっぽん』【3】のプロローグである。第1幕が始まった。さて、これから始まる第2幕は、どういう場面
になるか?…。
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| 水源は栃木県南那須。茨城県で利根川と合流する「小貝川」 |
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多摩川には年間2000万人の人々が訪れる |
日本の政治が良くなるためには、政治家が良くならなければならない。政治家の自己生産活動というものが大事なのである。清水博(元東京大学名誉教授)【4】の流儀でいえば、政治家が関係子(メディオン)【5】となって、地域から発せられるさまざまな情報を受け取り、臨機応変に即興劇を進めていかなければならないのである。政治家たる者、地に足をつけて「風土に生きる」ことが肝要である。政治家たる者、「グローバルに考え、ローカルに生きる」―ということであろう。いまここでの文脈でいえば、私は、日本の首都が存する関東という土地の持つ「トポス性」【6】というものに注目して、政治家たる者、自分の選挙区である地域はもとよりであるが、関東の「歴史と伝統・文化」を知り、日本全体の「歴史と伝統・文化」を知らなければならないのである。小泉チルドレンにも日本を知ってもらいたい。歴史的に関東がどのように発展してきて、武家社会において何故関東に政治の中心がおかれるようになったのか―、そういうことを小泉チルドレンに知ってもらいたいと思う。
ご多聞にもれず、関東の発展においても川の果
たしてきた役割は大きい。それぞれの地域の川の存在を抜きにしてその地域の発展は考えられない。大和朝廷が武蔵の国府を府中においたのは多摩川があったからであるし、東国経営の拠点を霞ヶ浦周辺(石岡)においたのは鬼怒川や小貝川の存在を抜きに考えられない。しかし、近代になって、河川の舟運が衰え、川と人びとの生活の関係が薄くなってきた現在、河川の存在価値というのも薄くなってしまったかのようだ。川の復権を図るにはどうすればよいか。
今、中沢新一(宗教人類学者・思想家)【7】の「アースダイバー」というのが注目されはじめている。彼は言う。『アメリカ先住民の「アースダイバー」神話【8】が語るように、頭の中にあったプログラムを実行して世界を創造するのではなく、水中深くダイビングをしてつかんできたちっぽけな泥を材料にして、からだをつかって世界は創造されなければならない。』
そうなのだ。私たちは、その地域の「歴史と伝統・文化」の奥深くダイビングをして泥臭い何かをつかんできて、それを材料に躰をつかって新しい世界を創造していかなければならないのである。そのためには川とか水というものが大事である。地域は河川を中心に発展してきたので、地域の「歴史と伝統・文化」は河川と切っても切れない関係にある。されば河川は独特のトポスを成している、ただ単に自然だけでなく、文化的な意味でも河川の復権が望まれているのである。
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| 都心を流れる多摩川で水遊び |
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小貝川で遊び、学び、交流する |
これからはコミュニケーションの時代である。いろいろな人びとが行き交い、いろいろな情報が飛び交うのである。そういう時代に必要なのは、交流活動のリーダーであり情報の編集者である。その先駆性が求められるのである。人というものは「風土」の現れである。だから、ここでは、そういう山道省三さん【9】や大野重男さん【10】という人を紹介して、関東の川のトポス性に迫りたいと思う。進士五十八さん(元東京農業大学学長)【11】は、山道省三さんらとの鼎談【12】のなかで、「現代人はバーチャルな環境にとりこまれて、生の根源とは無縁になってしまっている。だから水を通
して本当を体験したい。そう生きたいという運動になっていると思います。」と仰言っているが、山道省三さんと大野重男さんはひょっとしたら「川のアースダイバー」であるかもしれない。私は、山道省三さんと大野重男さんの活動に、何か得体のしれない先駆性を感じるのである。
私自身としては、「河童」をキーワードにこれから全国各地の「スピリット」【13】に想いを馳せたいと考えている。石田英一郎(民俗学・文化人類学)【14】がいうように、河童伝承の多くははるか遠隔の地の民俗文化と繋がっているからだ。嘗ては小川芋銭【15】がおり現在も河童共和国があるなど関東はある意味で「河童天国」である。関東の人びとは「流動的知性」【16】に長けているのかもしれないと思ったりしているのだが、それは後日のこととしよう。
山道省三さんは、平成4年、神奈川県の多摩地区が東京都に移管されて100周年、その記念行事「多摩らいふ21」の多摩川部門で大活躍をされ、市民活動センター「多摩川センター」の設立に尽力された。現在はその副理事長をされるかたわら、全国水環境交流会の代表をしておられるのだが、川や水を中心にした交流活動のリーダーであり情報の編集者である。
大野重男さんは、長年にわたってモンゴルの友好親善につとめられ、その功績によりバグバンディ大統領から「国際平和功労勲章」を受賞されたという方であるが、全国各地で馬・ポニーとのふれあいを通
した青少年教育に力を注いでおられる。現在は、小貝川の河川敷を使って、大人も子供も、高齢者も障害者も、馬・ポニーやカヌーや紙飛行機などを中心に、遊び、学び、交流する「場づくり」をしておられる。今のところ、まだ実験的な試みではあるが、私は、何か得体のしれない新しい試みとして注目している。
関東の川の特徴は、その中枢性というか日本を代表する先駆性にある。山道さんや大野さんは日本を代表する先駆者である。中沢新一がいう「アースダイバー」のように、多摩川や小貝川で「泥臭い何か」をつかんで、新しい世界を創造しようとしているのかもしれない。関東にはそういう人が少なくない。川の中に「泥臭い何か」を感じ取って、新しい世界を創造することは楽しいことである。
(河川プレビューNo.132 冬季号 河川風土記1.関東に掲載)
季刊「河川レビュー」
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