| 近年、MOTということが盛んに言われるようになった。MOT【1】は技術経営と訳されているが、近年、それがフォーカスされてきているのは、青色発光ダイオードである中村修二教授事件【2】に見られるように、テクノロジーがビジネスへ与えるインパクトが増大してきているからである。土木の世界でも「土木の経営学」の動きがあり、今年の土木学会誌1月号では「社会基盤整備の経営学の夜明け」と題して特集が組まれた【3】。御承知のように、土木分野にも風土工学というジャンル【4】ができている。土木技術者も哲学や経済や法律の勉強が必要だし、逆に、経営者も技術をマネージする技量が求められている。従来、官と民或いは事務と技術などというように、社会人を二元論的に区別して考えてきたが、それも行き過ぎると、近年の民営化の流れの中で、今回の耐震計算偽造事件【5】や福知山線事故【6】などとんでもないことが起こる。二元論は間違っている。
中沢新一(多摩美術大学/芸術人類学研究所長)【7】の「流動的知性」というのがある【8】。「流動的知性」というのは、一つの考え方にとらわれないで、「暗黙知」【9】ないし「周縁知」【10】にもとづいてそのときどきのもっとも良い判断をくだすことのできる知性であるといっていい。「暗黙知」とか「周縁知」とは、まあ、端的に言えば、「二足の草鞋」をはくことと言っていいかも知れない。もちろん、「暗黙知」や「周縁知」は、その人の中心にあるオーソドックスな「知」とは違うので、不確かなものである。不確かなものではあるが、これがないと正しい判断はできないのかも知れない。他者の力を借りるということが大前提である。他者とのコミュニケーションが大前提となる。官は民とのコミュニケーションが大事だし、事務は技術とのコミュニケーションが大事なのである。そういう立場の違う者同志のコミュニケーションが不十分だと、今回の耐震計算偽造事件が起こるし、福知山線事故が起こるのではないか。
私は、長良川河口堰の調査が始まった頃に建設省に入り中部地方建設局に勤務した。最初の半年は本局の河川計画課で安倍川流量
改定のお手伝い。後の半年は木曽川下流工事事務所で伊勢湾台風災害復旧工事のお手伝い。薮田正美さん【11】の下についた。二年目から木曽川下流工事事務所で長良川河口堰の調査が始まったので、初代係長としてそれにたずさわった。その後も長良川河口堰との付き合いは永く、河川局長当時、いちばん苦労したのも長良川河口堰であった。私は建設省に入り、長良川河口堰以外にも、中部地方建設局で多くのことを学んだ【12】。今日あるのも当時の先輩、同僚、そして後輩のお蔭である。しかし、もっとも縁が深かったのは長良川河口堰にたずさわった人たちである。
私の身近には、同僚の中村稔さん【13】や後輩の高曽根良博さん【14】など長良川河口堰で苦労された方が数多く、私は、それぞれから得難い感化を受けているのであるが、なかでも先輩の薮田さんから教わったことには計り知れないものがある。薮田さんは、伊勢湾災害復旧工事が終わって、長良川河口堰の生態系調査の担当出張所長になられたのである。薮田さんは樋管や水門など河川構造物の大家で、私はその下で半年間今では考えられないくらいの仕事をこなしたのであるが、その構造物の大家が生態系調査の責任者になられたのである。果
たしてうまくやれるのかどうか。心配するのは当たり前だが、それはまったくの杞憂に終わった。薮田さんの真面
目さとお人柄によるものであろう。KST調査(木曽三川河口資源調査)【15】の団長・小泉清明さん【16】をはじめ並みいる先生方の面
倒を見事にみられた。膨大な予算を使ったが、KST調査は鮎の人工養殖に成功するなど多大な成果
を収めた。薮田さんのお蔭である。【17】
中部地方の河川は、日本列島の中央構造線【18】に沿う天竜川や日本を代表するゼロメートル地帯を流れる木曽三川など一筋縄ではいかない難しい河川が多い。海岸侵食など現在なお数多くの課題も残っているが、私のもっとも関心の高い問題は河川環境の問題である。河川の生態系をどう改善していくかという問題である。河川生態系の問題については、長良川河口堰の経験をじゅうぶん生かして、土木研究所・自然共生研究センター【19】や河川環境楽園【20】などのすばらしい施設が国営木曽三川公園と一体的にできるなど、新しい息吹が感じられる。
川には鮎をはじめいろんな魚が生息しているべきである。それでこそ豊かな国民生活が実現できる。私は、都市におけるビオトープ・ネットワーク(地域の野生の生きものがくらす場所)はもちろんのこと、日本列島全体におけるエコロジー・ネットワーク(生態系回廊)というものを提唱している【21】。天狗の住む森や河童の棲む川を甦らせたい。むろん河童の棲める川とは、瀬もあり淵もある魚の棲みやすい川のことをいっている。川はエコロジカル・ネットワークの重要な軸を形成する。
エコロジカル・ネットワークのほか、都市の環境問題も大事である。都市の環境とは所詮「水と緑」であるから、都市において、緑のオープンスペースを増やしながら、なんとしても「水辺の環境」を再生していかなければならない。現在、名古屋市の「堀川」が注目されている。「名古屋堀川ライオンズクラブ」なるボランティア団体もできて「名古屋の堀川を清流に」を合言葉に、堀川の美化、浄化に取り組んでおられる【22】。これからは都市も環境の時代である。潤いの時代である。美しい都市づくりの時代である。なんとか徳山ダム及び木曽三川の水を「都市環境用水」として導水してほしいものだ。
こういった環境問題は、いろんなジャンルの人たちが参加しなければならない。複雑系の取り組みが必要であり、流動的知性というものが前提となる。「流動的知性」或いは「周縁知」を十二分に発揮して、世界の模範となる「水環境」をつくり出してほしい。それと山を含めたエコロジカル・ネットワークにつなげてほしい。それを切に願っている。薮田正美さんがそうであったように、異なる分野の学者とも仲良くつきあいながら、環境の時代をリードするすばらしい取り組みを是非やってもらいたいものだ。
(河川プレビューNo.133 春季号 河川風土記2.中部に掲載)
季刊「河川レビュー」
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